居抜き物件の正しい判断

借地権価格2,500万円、建築費も同額で計5,000万円の丸抱えのデッカイ借金は、当時の私にすればそれはそれは大変な額。
その後小さな3階建の『7ビル』が予定どおり完成。 テナントも順調に入居し、これが私の資産形成の基礎となった。
その『7ビル』も、2000年高崎駅西口区画整理により移転要請があり解体し、今は駐車場として活躍してくれている。 その後10年位、少しずつ借入れも増えたが、資産も増え、仕事もまあまあ順調に推移。
私自身は不動産屋ではあるが、基本的に不動産を売るためではなく、購入したものを私は賃貸して、長期に所有する不動産賃貸業をめざし、借入金の返済は月々あがってくる賃料と仕事であげた利益をプラスして賄っていく、そんなスタイルに移行させた。 その間、売買仲介も増えてきたので、そろそろ『賃貸専門』の看板から『なんでも屋』に自然に移っていく。
売買、賃貸、仲介、管理そして一時は建売分譲の分野までも手を出したが、その中で建売事業だけはやめた。 建売をやめた理由は、自分のところに建築部門を持たずに他社に委託していたために、どうしても責任ある対応が出来なかったからである。
1985年〜1990年の5年間で16棟建てて買っていただいたが、なかなかお客様に充分に満足いただけるものができなかった。 クレームがあったのが5棟、施工してもらう建築屋さんも随分と吟味して発注したが、細かなトラブルが出て自分で対応出来ず、何度もほぞをかんだ。

「自分のところに建築部門があれば」、そんな思いで今は静かにしているが、もしかして将来本当の『H住宅』が設立されるかもしれない。 そのときは、私が「納得いく」、「満足いただける」建物を作れるよう頑張りたい。
伏龍は、天に高く昇るために、その身を休めている。 借金街道真っしぐら。
利益は出ているのだが、毎月の支払い(銀行)は厳しい。 1988年,1989年と従来の事務所の隣接の土地のと古いビルを2人の地主より合計4億円で購入し、旧事務所を解体、事務所、駐車場を拡張、とそんな形で借入れも膨張。
いよいよ本格的な借金体制に突入、仕事の方は元気よく商売繁盛、でもキツイ。 世間では『バブル』とかなんとか騒ぎ始めたが、銀行はどんどん融資してくれる。
片方では「でも気をつけろ。」、「いつか大きな変化がやってくる。」と言われ、片方では「用心、用心、ご用心。」と私もブツブツ言いながらも横浜銀行高崎支店の隣接地を坪当たり1,700万円で購入してしまった(この坪単価は、もしかしたら群馬県内の土地取引の歴史上の最高価格とか。)。

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